親密
放課後、私は薔薇の館に行く気が起きず、中庭のベンチに座っていた。
朝、蓉子が薔薇の館が何とか言っていた気がするけど、行く気が起きないのだ。仕方ない。
私は心の中で蓉子に謝ってから、辺りを見回した。
さっきまで静かに日向ぼっこをしていたゴロンタが、にゃーにゃーと忙しなく鳴きだした。
何かを見つけたのだろうか。中庭と通じる通路へと走り出す。
それを目で追うと、見えてきたのは一人の生徒。
それは向かってきたゴロンタの頭を一撫ですると、こちらへと走って向かってきた。
よくよく見ると向かってくる人の顔に見覚えがある気がしてきた。
あれは……
「聖」
「やっと見つけた……」
「見つけた?私、貴女と約束なんてしていたかしら」
記憶にないわ、なんて考えていると、聖は呆れたとでも言いたげな顔をする。
「今日は薔薇の館で会議があるって蓉子に言われたでしょう!?」
私は聖に手を掴まれ、立たされた。
聖はそのまま、私の手を引っ張って歩き出した。
その直後、私はある出来事を思い出した。
幼稚舎時代。私と聖がけんかをして間もなくのお遊戯会。
何の因果か隣同士になってしまった二人はお遊戯どころではなく、
周囲の無邪気な雰囲気を吹き飛ばすほど邪険な雰囲気を放っていた。
放たれるそれは止まることがなく、むしろお遊戯が進むにつれ悪化してゆく。
お互いを嫌悪していた私と聖は手を繋ぐ遊びでも頑なに手を繋ごうとしなかった。
先生方もこれではいけないと思ったのか、私達に手を繋ぐように注意した。
周りの子達も何事かと私達を見ていて、聖の方がそれに耐えられず渋々掴んだ私の手。
別に今でも聖と手を繋ぐことを嫌悪しているわけじゃないけど、何故か思い出してしまった過去。
今の聖との関係と比べると少し可笑しくなって、自然と笑いがこみ上げてくる。
後ろから聞こえる笑い声に聖が振り返る。
「ほら!笑ってないでちゃんと歩く!只でさえ遅刻してるんだから」
「ねぇ、聖。覚えてる?幼稚舎のお遊戯会のこと」
「お遊戯会って、何組の頃の?けんかした後の?」
歩みを止めて聖は問う。
そんな彼女に、私は「ええ、そうよ」と頷き、歩こうと促す。
「あの頃から随分親密になったわね、私達」
『親密』の部分を強調しながら、聖の指に自分の指を絡ませる。
聖の顔は後ろから覗ける場所だけでも真っ赤になって、歩き方が心なしか乱暴になる。
「なってない!」
ついでに言葉も乱暴になった聖に、追い打ちをかける。
「否定してても指を絡ませたままってのが親密よね?」
「うるさい!解くよ、もう!」
「私はいいけど、聖は解いちゃっていいの?」
「……やだ」
「じゃあこのまま薔薇の館に行きましょう?」
薔薇の館、と聞いて聖ははっとする。
「そうだよ!蓉子に命令されてたんだ!江利子を連れて来いって」
「あら、そうなの?」
「そうなの?じゃないよ!早く行かないと殺される!」
絡めたままの手をまた引っ張って、聖は走り出す。
手に感じる圧力が少し強まった感じがして、私もぎゅっと手を握り返す。
その後、二人とも蓉子に叱られたのは言うまでもない。
了
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