赤裸々日記
(ここ最近の刹那さんは、元気が無い…。
というか今日は、学校すら休んだ。
そういえばパルも休んでるわね。
ま、アイツは締め切りが近いとか言ってたし、心配ないわ)
鈴の髪飾りで長い髪の毛を左右に結った少女…
神楽坂アスナは、寮の廊下を早足で歩きながらそんなことを考えていた。
(二人で思い出したけど、あの二人が付き合いだしてもう何週間だろう。
只でさえ人気の高い刹那さんをあの人達…木乃香、エヴァちゃん、龍宮さん、楓ちゃんから奪うなんて。
パルもとんでもないダークホースよね…)
今日は平日。
今の授業は4時間目。
そんな条件では当然人影の見当たらない寮の廊下をアスナが歩くのも、理由があった。
僅か10歳にしての担任教師、ネギ・スプリングフィールドに、桜咲刹那の見舞いを頼まれたのだ。
生真面目な刹那の性格が、無断欠席のまま4時間も出てこないのだ。
流石に心配だ、という話の流れから、見舞いを出そうという結論に漂着したのだった。
「にしてもネギのやつ…なんで私がお見舞い役なのかしら。
木乃香達の方が刹那さんのこと分かりそうだし、それに…好きなわけだし、きっと。
…だからこそ、逆に危険なのか」
「えっと、ここだわ。刹那さーん?」
コンコンとドアをノックをしてから、中に居るであろう刹那の応対を待つ。
「……」
しかし、いつまで経っても当の刹那は顔を出さない。
声すらも聞こえないという状況に、アスナの不安感は少しずつ大きくなっていく。
まさか、中で倒れていたり…
遅刻や欠席の連絡が無いのなら、朝から倒れているということになる。
もし本当にそうだったら大変だ、4時間も倒れたまま。
アスナの顔が青ざめていく。
「そうだ、そんなときの為に合鍵借りてたんだ…!ごめんね刹那さん、勝手に入るよ!」
寮の玄関脇、管理室から借りた合鍵の存在を思い出す。
飾りのようにじゃらじゃらと付いている大漁の鍵の中から、刹那の部屋番号を探し出す。
なかなか見つからない鍵にイライラしながらも、ようやく見つけ出して鍵穴に通す。
ドアは勢い良く開かれた。
駆け込むように部屋に入ったアスナは、とにかく辺りを見渡した。
「…あれ、いない…?」
もう一度見渡してみるも、人の姿は全く見当たらない。
倒れている、という仮説から床の方もくまなく探す。
しかし、やはり見つからない。
「出かけてるのかな、刹那さーん?…ん?」
呼びかけながら、部屋をうろつく。
ふと目に入る、ペンが上に乗っている開かれたままのノート。
なにかを書こうとしていたのか。
書こうとしていたなら、何を書こうとしていたのか。
気になったアスナは、そのノートを手にとって見てみる。
数行にまとまっており、文と文の間の空白も均等に取られている。
その文の上には日付が書かれており、それが刹那の日記であることを示唆していた。
「見ちゃっていいわけないんだけど…休みの原因くらい、書いてないかな」
いささか都合の良いような解釈だが、日記に興味持ったアスナが自身を納得させるには充分だった。
○月○日
早乙女さんとお付き合いができる。
何と言えば良いのか、とにかく嬉しい。
これからどうしようとか、色々考えてしまう。
「…ふふ、ほほえましいなあ」
もはやアスナに、休みの原因をこの日記から引き出すという考えは消えていた。
純粋に、刹那の日記を楽しんでいる。
夢中になっていく内に、日記の中の時は流れ、何週間が経っただろうか。
○月○日
早乙女さんが、今夜私の部屋に来るという。
色々教えてくれるという事だが、勉強でも教えてくれるのだろうか。
勉強というものはどうも苦手なので、これを機会に少しでも理解できるようにしておきたいものだ。
「えっ……え!?」
これって…、思いながらアスナは混乱する。
あのパルのことだ、勉強なんか教えない。じゃあ何を?答えは一つ。
「まさか、あの二人…も、もう、することしちゃったんじゃ…」
顔を真っ赤にしながらも、次の日の日記に目を通す。
○月○日
腰が痛い。
「う、うわあ――――!!」
パル、あんたってやつぁ。
アスナは心中でそう叫び、部屋を後にした。
勿論、ノートを握りしめたまま。
昼休み。
生徒達は学問から解放され、個々に楽しい昼時を展開させる。
麻帆良学園女子中等部内、3-Aも例外なくそれを過ごしていた。
「お弁当、おいしそうですねー」
「さよちゃんも食べる?私に乗り移れば出来るんじゃないかな」
「ふふ、ありがとうございます。でも、いいんです。朝倉さんが美味しそうにお弁当を食べている姿を見るだけで…」
幽霊少女相坂さよが、もじもじしながら言葉を紡ぐ。
60年前の奥手な少女は、今勇気を振り絞って感じたことを伝えようとしている。
それを受けるは麻帆良パパラッチ、朝倉和美。さよの言葉を微笑み、待つ。
さよの言葉。
廊下に響く轟音。
それはほぼ同時に空気を揺らした。
当然思いは伝わらない、さよはその場に項垂れた。
教室の戸が外れるか外れないかギリギリの衝撃を受けながらも開く。
皆がそれに注目をするが、犯人の神楽坂アスナは気にも留めずに走り出す。
「ちょ…ちょ!!」
「!?おちつけアスナっち!」
窓際の最前列…朝倉のいる机でアスナは急ブレーキ。
朝倉の弁当が浮くぐらいの力で机に手を置くと、鬼のような形相で言葉にならない言葉を発する。
朝倉はそんなアスナを宥めつつ、隣にいるさよにはごめんね、と手で謝った。
「ごめん…!こ、これ!ちょっと見てよ!」
ようやく少し落ち着いたアスナは、それでも慌てながらノートを差し出す。
そのノートは当然、刹那の部屋にあった日記である。
「なに、日記?アスナもやらしいねえ、私に情報売るってのー?」
「違うのよ、刹那さんのこと!いいから見てよ」
わかったわかった、朝倉が言いながらノートに目を通す。ついでにさよも。
「何々?『早乙女さんが、今夜私の部屋に…』?」
朝倉はそこまでを口に出し、後は察したのか黙読を始める。
終わりが近づくに連れ、顔は真剣なものに変わっていく。
「こ、これは……」
「……この部分って、絶対さぁ…。だから刹那さん、最近元気なかったんじゃ…」
お互いに肝心な所は言わずに会話をする。
気遣いやら後ろめたいやら、女子中学生の微妙な感覚である。
「ヤってるよね…」
「うん…」
「うん」
「う、うん」
「ええ」
「そうだね」
「きっと」
そんな二人の後ろから、日本の長けている文化である気遣いをぶち壊す会話が聞こえた。
お前らアレか、外国人か。
数人が本当に当てはまることも忘れて、アスナはそう思った。
そこからはもう隠すことなど出来ない。
昼休みを有意義に使った、29人によるガチンコ論争バトルの勃発である。
二人はヤった、ヤってない、信じないから認めないから、早乙女ハルナってだあれ、
たゆんたゆん、ちう大好きだよ、肉まん食べる?、トイレ行きたい。
議題は逸れに逸れて、逆にまたスタート地点に戻りつつあった。
ヤった、という言葉に宮崎のどかが14回目の赤面をしたとき、事態はやっと次の展開へ動き出した。
その火蓋を切ったのは、釘宮円と柿崎美砂だった。
「ちょっとアスナ、そういえば刹那さん部屋に居なかったって!?」
「それってもしかして…」
沈痛な面持ちで話を進めていく、釘宮と柿崎。
その雰囲気を察知したのか、皆は静まり返って話を聞く。
3-Aには空気は居ても、空気を読めない者は居ない。
「刹那さん、今頃パルと…」
「は…」
止まる世界。その瞬間、29人は初めてビジョンを共有した。
『刹那さん…』
『ふ……ん』
ハルナが刹那の唇を奪っている図。
共有したビジョンは仮説とはいえ、リアルタイムのリアルな映像という設定だとやはり生々しい。
普段は純情な感じもあまりしないような者でも、黙り込んでしまう。
「そ、それはないです!」
そんな中で、声を張る勇者が一人。
早乙女ハルナの親友にしてルームメイトの綾瀬夕映である。
彼女もまた顔を真っ赤にしつつも、勇気と手に持ったブリックパックを振り絞り話す。
「夕映ちゃん!」
「ハルナは今日、締め切りに迫られて休んでいるのですから!」
必死に弁解をする夕映に、皆はおおー、と感嘆する。
「な、なんだー」
「だよねー」
「ありえないよね、大体」
冷や汗をかきつつも、笑顔で笑い出す。
一人が苦笑いをすると、隣も合わせて苦笑い。
結果、3-Aは苦笑いの嵐に包まれた。
そんな嵐も過ぎ去りし頃、教室はいわれもない緊張に包まれる。
「…でも、じゃあなんで刹那さんいないの?」
「もしかして、漫画の資料とか言って…」
誰が言ったのか、自分が言ったのかさえも分からない。
緊張はビジョンに変わり、またも29人を包み込む。
『刹那さん、入れるからね…?』
『やあぁ…早乙女さん……んぅっ』
制服姿のハルナと、纏う物など何も無い刹那の姿。
刹那の目はとろんと蕩け、顔は羞恥で真っ赤である。
「ちょ…」
洒落にならん。
やばすぎないか。
入れるって何を。
お茶が入りましたよマスター。
議員の数は29人、考えることは多種多様。
そんな中でも考えが一致する者が4人。
近衛木乃香、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、龍宮真名、長瀬楓である。
考えはいたってシンプル。
『早乙女ぶっころし』
「総員出撃!!」
エヴァンジェリンの合図をきっかけに、29人の小さな大名行列が江戸へと旅立った。
「早乙女ハルナアアァッ!!」
「ひゃっ!?」
ゴシカァン、という大きな音で開く部屋のドア。
それに驚いてハルナが顔を向けると、ギュウギュウと見るからに狭そうに部屋に詰まるクラスメイト。
どうやら入りきれてない者も居るようだ、当たり前ではあるが。
「あけてー」「つめてー」「通れなーい」「いたーい」などと聞こえてくる。
その中で聞こえてくる「たゆんたゆん」「ちうーっ」「胸ーっ」等の不可解ワードがハルナの耳に残った。
「ちょ、ちょっと何よ皆して!静かにしないと…」
作業用兼学習用の椅子から立ち、ハルナは抗議する。
凄まじい殺気を放つ者も居るが、一応聞く気はあるらしいのが救いである。
「刹那さんが起きちゃうじゃない…」
ハルナが指を指した先…ベッドには、皆が探していた桜咲刹那の姿があった。
規則正しい呼吸と、目を閉じた穏やかな顔。
どうやら刹那はここで眠っていたらしい。
刹那という証拠も揃い、いよいよハルナへの疑いは深まる。
「え…朝まで寝かせなかった?」
「今からヘンなことしようと?」
「寝顔フェチ?」
ヒソヒソと噂話のように会話をする29人。
「アンタら…失敬ね」
流石のハルナもこれは腹が立つらしい。
「あのねぇ…私は締め切りで大変、でも刹那さんが具合悪いってんだから。
こっちに来てもらえば、何かあっても大丈夫でしょう?分かる?」
そりゃここに来るってのはちょっと頑張ってもらったけど…と付け加える。
いつも冗談ばかりなハルナが真面目な顔で話すのだ、疑いを向ける者はいなかった。
「あ…」
「な、なんだ…」
アスナ、朝倉は一安心、と言ったように胸を撫で下ろす。
それに続いて、それぞれが安堵する。
「パルっていい人なんだねー」
「知らんかったわー」
「フン…今日は許してやる」
「チッ」
「じゃあ何フェチなのー?」
「おっぱい」
「よかったー」
「いちいち癇に障るなあ…」
流石のハルナだが、これもやっぱり腹が立つらしい。
「さ、用が済んだら出てく!昼休み終わっちゃうよ?」
「はーい」
私も原稿があるし、言いながら手をひらひらと振るハルナ。
邪魔になるから出ていこうね、という合図にしぶしぶ納得し、29人は部屋を出る。
帰路に着いた大名行列。
あれほど逞しく妄想を膨らませていた自分達を恥ずかしく思う気持ち。
ハルナの、想い人に対する意外な真面目さ。
謎のおっぱいフェチは誰なのか。
真実や気持ち、疑問が混ざり合い、何とも言えない不思議な雰囲気に包まれる。
声を発する者もなく、各々が個人の思考を働かせていた。
「日記、さ…ヒミツだよ?パルにも悪いし」
後ろめたそうに、行列の前列を歩いていたアスナが振り返る。
右手には、日記帳をぶらさげて。
「うん…」
この日、29人の結束は決して解けない堅いものとなった。
終わり?
「英語の教科書、部屋に置き忘れてたんだっけ…早く取りに行かないと、授業が始まっちゃう」
ぱたぱたと早足で寮の廊下を戻る少女、宮崎のどか。急いでいても決して走らないのは、彼女の性格のためか。
綾瀬夕映と同じく、早乙女ハルナの親友にしてルームメイトである。
予習の為持ち帰っていた英語の教科書を鞄に詰めるのを忘れてしまい、今こうして取りに来たのだ。
「ねえ、パ…」
先程も駆けつけた自室のドアに手を掛け、中に居るであろう親友に声を掛けようとする。
が、それは中から聞こえてきた二人分の声によって止められる。
「刹那さん、起きてる…?」
「は、はい…」
間違いない。
ハルナの声と刹那の声である。
刹那さんは目を覚ましたんだ。でも、起きてる、って?
何を話しているのかな。
気になったのどかは、悪いと思いつつも聞き耳を立てる。
「じゃあ、続き…しよっか?」
「は…」
「大丈夫だよ、すぐに終わらせる。早く描き上げるから…ね?」
「は、はい…ん… ふぅっ…は、ふぅっ、さおとめさん…」
「だめ、ハルナって呼んでよ…」
「……!!」
こんな会話が聞こえているのに
『英語の教科書忘れちゃったんだ!エヘッ☆』
などと抜かして部屋に乱入する程の強心臓を、のどかは持ち合わせていなかった。
仕方ない、帰ろう…。ネギ先生には悪いけど。
心の中で最愛の人に謝って、のどかは寮を後にした。
「すみません、ネギせんせー…教科書、忘れてしまって」
「わかりました。見せてもらって下さいねー」
のどかは席についてから、部屋でのことを考えた。
刹那さんは大丈夫だろうか。具合が悪いのに、あんなことをして。
クラスメイトの早期回復を祈りつつ、板書きをノートに写し始めるのどかだった。
○月○日
今日もまた、腰が痛い。
早乙女さん…いや、ハルナさんにも困ったものだ。
終わり
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