プライスレス



「カトーさん、今日クリスマスだね」
「そうねぇ」
私は辺りを見回しながら、隣に歩く彼女に言った。
周りの人はわいわい楽しそうにしている。今日がクリスマスだから。
ケーキ屋から出てくる人達は、皆笑顔で箱を持っている。
色んなところから流れてくるクリスマスソング、色を変えながら点滅する電飾。
騒がしくもあるが色々な物が皆の心を楽しませている。
それなのに。
カトーさんは面白くなさそうだ。

「なんかあんまり、楽しそうではないね」
意を決して聞いてみると、返ってきた答えは案外普通なものだった。
「金欠なのよ」
そう吐き捨てて、彼女は人ごみの中を足早に歩いていった。


「ただいま」
そう言ってカトーさんのお家にお邪魔する。
すると先に中に入ったカトーさんから「おかえり」という挨拶とスリッパが差し出される。
なんかちょっと嬉しい。新婚さん気分だ。
当然、その後カトーさんは笑顔で私のことを迎えてくれるのだ。
ニヤニヤしながら居間へと向かう。
「カトーさんもなかなか粋な演出…」
「……」
「……しては、くれませんか」

ちがう。
新婚さんではない。むしろ倦怠期だ。
居間にいるカトーさんは笑顔ではなかった。迎えてもくれなかった。
金銭はそんなにも人を変えてしまうのだろうか、私は思った。
まぁ、仮に金欠でなかったとしても、笑顔でお迎えは儚い夢だろうけど。

「カトーさん」
「なに」
「クリスマスっぽいことは」
「しないわよ」
即座に返される。くそ、金欠さんはクリスマスすら普通の日に変えてしまうか。
プレゼントとかケーキとか期待してしまった私も私か。
クリスマスっぽくないクリスマス。
一度ぐらいは体験しても損はないかな。人生色々。
黙っとこうかな、誕生日。

「よしカトーさん。今日は君に付き合うよ」
「何のことよ」


普通に過ごす。
動作としてはいつもと同じことを繰り返すだけだが、意識してそれを行うのは難しいと私は知った。
食事や風呂やその他諸々。
しかしそれは繰り返すうちに、意識としてではなく慣習としてに変わっていく。
つまり、難なく普通の日を演じることができたということである。


来客用の布団を敷く。
クリスマスではない、普通の日。
そのほうが彼女のことを思い出さないのかもしれない。
「カトーさん」
「なに?」
その声も、いつもと変わらない。

「ありがとう」
私は彼女に礼を言った。
去年みたいな辛い思いしなくて済んだのは、カトーさんのおかげだよ。
「お礼言われるようなこと、したかしら」
「してないから、かな」

「去年は、山百合会で盛り上がってさ」
「山百合……ああ、リリアンの」
「それは良かったんだけど。終わって家に帰るとき、なんか無性に寂しくなって」
解散して、皆と別れて、少し歩いて……。
急に寂しくなってしまって、しんとした歩道を走り抜けた。
何かから逃げるように家へと向かい、ろくに挨拶もせずに自分の部屋へと駆け込んだ。

「家で少し泣いちゃって」
コートを床に脱ぎ捨て、制服に皺がつくのも構わずにベッドへ倒れ込んだ。
去年は栞を失ってから初めてのクリスマスだったから、荒れていたのだ。

「だからね。こういうクリスマスっぽくないクリスマス、結構いいなって」
「そう」
そっけない返事にも、暖かさがこもっている。
過去を思い出したことによる胸の切なさも、その暖かさでどうにかなるような気がした。

「……カトーさん」
「なに?」
ベッドの上に腰掛け、カトーさんは返事をする。
私はそれを見つめながら、口を開く。

「実は今日、誕生日」
「うそ?」
そんなに驚いては見えないが、カトーさんは彼女なりに『驚いた』というアクションをとった。
それが少し新鮮で、なんとなく心に残った。

「本当」
「そういうこと、なんで言わないのよ」
「普通が一番」
「分かんないわ」
「そうかねぇ」
普通。それは今日一日で少し学んだこと。
だけどカトーさんは納得できない様子で。

「プレゼントとか、用意できなかったじゃない」
「さっき金欠って言ってた」
「う、でも…」
「カトーさんと一緒に過ごせるだけで幸せだよ」
単なる口説き文句ではない、本心。
君といられるのが、プレゼントでいいんだよ。

「貴女がそれで納得しても、私は納得できないの」
「そうかな」
「そうよ」
「じゃあ…貰おうかな、プレゼント」
いいプレゼントを思いついた。
これならタダだから経済的だ、私も嬉しいし。

「無理じゃない範囲なら何でもいいわ」
カトーさんは少し微笑んで言った。
カトーさんの笑顔は柔らかい。
だから少し見惚れてしまって、出した声は少し間の抜けたものだったかもしれない。

「景さん、って呼んでいい?」

「…なんで?」
「ひどいなぁ」
ちょっと眉をひそめて、彼女は言った。
それだけならかなり傷付くけど、頬も少し赤かったので、良しとする。

「金欠な景さんの為に、タダで済むプレゼントにしてるのに」
「それはまぁ、ありがたいわね」
頷くカトーさん。そこで素直になるなら、他のところで素直になって欲しい気もする。

「でしょう?それでいて景さんと私の仲の進展という素敵なプレゼントよ」
「…仕方ないわね」
少し強引な理由で畳み掛けると、観念したのかカトーさんは溜息をついた。
いつもこういう態度しかとらないけど、コレは本当に許したとき照れ隠しとして使うのを私は知っている。

「いいの?景さん」
「もう呼んでるじゃない」
うん、そうだね。でも。
表面上ではそうだけど、心では呼べなかったんだよ。
でも、これでちゃんと呼べる。


「ありがとう、景さん」




FIN





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