神とお茶汲み
のんびりと、空を見上げている。
ただ、それだけ。
隣には、刹那。
それだけで、幸せは作られる。
だんだんと寒くなってくるこの季節。
しかし今日はなかなか暖かくなった気がする。
寒さは得意というわけではないので、ありがたい天候である。
仕事が早く終わったので、世界樹に寄りかかりながら時を過ごしていた。
小さな頃から過激な環境に居たせいなのか、このような空気が新鮮に思えた。
その新鮮さは好ましいものであって、私はこの時を心から楽しんでいた。
今、刹那は愛刀夕凪の手入れをしている。
最近のこいつは、とても丸くなったと思う。
昔は夕凪を凌駕する程の鋭さで、辺りを警戒しながら打ち粉を当てていた。
しかし今は、夕凪を愛でるように手入れをしている。
顔の締まりは以前の方があっただろう。
というか、あの顔がここまで腑抜けられるとは思いもしなかった。
だがその腑抜けも、要領良くスイッチのオンオフが出来るようになった証拠だろう。
実際、いざ仕事となるとこいつは変わる。
目つきや、持つ空気まで…
まあ、そこも。その、なんだ…いいと思っている。
しかし、最近気になることが出来た。
ここ最近、刹那と近衛は急に仲が良くなった。
幼馴染だということは知っていたのだが…
しかしなんだ。
近衛に対する刹那のでれでれとした態度は。
なにが『このちゃん』だ、アホ。
私のことは『龍宮』としか呼ばんくせに。
くそ、試しに『せっちゃん』とでも呼んでみようか。駄目だ、笑われる。
だから私は、ある質問をしてみることにしたのだ。
ああもこのちゃんこのちゃんと言われては、幾ら好きだと言われようと安心できないから。
「なあ…刹那」
「ん?なんだ、龍宮」
刹那は相変わらず刀に夢中で、こちらは向かないまま返事をする。
その姿はかわいいやら憎らしいやら。複雑である。
「お前にとって、近衛や私はどんな存在なんだ?」
やった。
聞いてやったぞ。
その先にある答えをあまり考えずに、まず言えたことを喜んだ。
刹那はきょとんとした顔で、こちらを見ている。
手入れは終わったのか、夕凪を鞘にしまう手だけは動いているのが程よく目立って見えた。
「そうだなぁ…私にとってのお嬢様にお前か」
「ああ。聞いておきたい」
私がそう言うと刹那は夕凪を取りやすい位置に置き、右手を顎に添え考えだした。
何分が経っただろうか。
すぅ、と息を吸う音が聞こえ、刹那が口を開いた。
「私にとってのお嬢様は、あー…浄土宗でいうところの阿弥陀如来か」
拝むのか!?
正直この答えは予測していなかった。
もっとこう、なんというか分かりやすいのを期待していたのだが…。
あるじゃないか。幼馴染とか、護らなきゃいけない人とか。
大体ありえないだろう?
浄土宗信者は阿弥陀如来を『あみちゃん』とでも呼ぶのか、馬鹿。
「待ってくれ。どう考えても近衛が神じゃないか」
「…ん、そうだな」
「お前が私を好きといったのは嘘だったか、そうか」
「まあ聞け、龍宮… お前は、そうだな…」
何を聞けというのか。
これ以上聞いたならきっと、絶望の未来しかないはず。
だって、近衛は神なのだから。
「お前はな…」
ああ、勘弁してくれ。
こんなところでまで、神の偉大さを知りたくない。
そんなものは、戦場で命拾いをしたときだけでいい。
「その如来を拝んでいるとき、隣で茶を淹れてくれるような者だ」
「……」
な、に。
つまり?
まさか使用人、じゃないよな?もしそうだったら、かなり傷付く。
「お、お茶汲みロボットか」
「まさか」
刹那はふっと笑う。
くそ、楽しまれている気がする。多分被害妄想だが。
お茶汲みロボットでもないとするなら、後は一つ。
…妻じゃないか。
「…よくもそんなこっぱずかしいことを、平気で言えるな」
「お前が好きだからだよ」
恥ずかしい。
全身の熱が全て、顔に行ってしまったような感覚だ。
でも、駄目だ。
すごく、嬉しい。
「…… ふぅ…」
「……」
顔の熱を吐き出すように、息を吐いて。
感謝や嬉しさ、疑ったことへの謝罪を込めて。
刹那の左手に、自分の右手を重ねる。
少しでも触れていたいと思うけど、こんなことしか出来ない自分。
不甲斐なくて、悲しくて。
きゅっとなった心に合わせて手にも力を込める。
すまない、私も大好きだ。
言えない言葉も、温もりで伝わる気がした。
「…な…! た、たつみや、手…!重なっ…!!」
「……!!」
そうだ、忘れていた。
こいつは自分からは好きだ好きだと言うくせに、いざ私が何かをするとありえない程大袈裟に照れるのだ。
自分から振っておいてからにこいつは…!!
勇気を出して手に触れた私が馬鹿みたいじゃないか。
きゅっとなった心を返せ。
「…つながん!もうつながんぞ!!」
「ああっ!」
そう言って立ち上がる。
早足で歩き始めると、刹那が慌てて立ち上がる音がした。
「いや、つなごう!つなげばこそ!! ほ、ほら、龍宮いっそ両手だ!」
私の前に回りこんできて、後ろ歩きをしながら両手を掴んでくる。
伝わる熱が、心地良い。
だけどやはり、恥ずかしいのだ。
「放せ、アホ!!」
温かい両手を、振りほどいて走り出す。
こんな赤い顔、見られたくない。
「ああああっ!!待っ…たつみやぁ!!」
追いかけてくる足音がする。
でも、捕まる気はないぞ。
見上げた広がる青い空。
今日はやっぱりあたたかい。
終わり
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