加東さんがいないので、暇つぶしに行ってみた喫茶店。
そこで奴に出会ったときは、あんなことを言うなんて夢にも思わなかった。

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もしもの話と今の話

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一人きりのコーヒータイムを思いきり満喫していると、
店のドアが開き人が入ってきた。あの気障な感じは、間違いなく奴である。
素敵な恰好に素敵な振る舞い素敵な笑顔でお前は一体素敵の何なんだ。
「やぁ、佐藤君。奇遇じゃないか」
「あら、これは柏木さん。ごきげんよう……」
嫌味ったらしく深々と頭まで下げてくるからまったく質が悪い。
だからこっちも仕返ししてやる。

「……って最悪ぅぅぅ」
「そりゃないだろう?人に会って早々」
困った様に眉を下げ、掌を上にして『やれやれ』といいたげなポーズを取る。
本当にこいつは人の神経を逆撫でするのが上手い。

「柏木さんは本当に人の神経を読めないでいらっしゃるのね」
この無神経め。
「お褒め頂き光栄だね。君も、実に良い性格をしているよ」
このやろう。にこやかに笑いながら、ここいいかい?って相席を申し込んでる。

つーかもう座ってる。
「おい、柏木。なんでお前と私が相席しなきゃならんのだ」
「いいじゃないか。別にデートって訳じゃないんだろう?」
そりゃそうだけど。
そう呟くと、じゃあいいじゃないかと返されて微笑まれた。

「なんか気に食わん。お前と向き合うのは」
「おいおい照れないで欲しいな佐藤君」
「……はぁ?」
「……冗談だよ」
暫しの沈黙、そして互いに漏れる溜息。

それを破ったのは、私ではなく柏木だった。

「君の方は、その……順調かい?」
「……何が」
「恋愛だよ、恋愛」


「はぁぁ?」


本気で脳が湧いたのかと思って、思わず大声を出してしまった。
しかし柏木の方は相当真面目な様で、真剣に私を見ている。

「酷いな、僕は本気で悩んでいるんだ」
「何でだよ?人間やめるか男やめるか?」
柏木は何も言わず、只こちらを見据える。流石の私だって、そこまで嫌な人じゃない。
仕方ないな、何なんだよ。

「何悩んでるんだよ。聞くから」
「……済まない。その、僕は、君も知るように同性愛者だ」
「ああ、そうだな」
「将来、僕は本当にさっちゃんと結婚するのかを考えていたら……」
柏木は一息ついてから、申し訳なさそうに口を開く。
「どうしたらいいのかが、余計に分からなくなってしまって」
「分からなくなった?」

そうなんだ、そう言って頭を抱える柏木。

「僕はさっちゃんを愛することはできないし、その資格だってない」
「それは……資格なんて関係無いと思うぞ」
「彼女にはもっといい人がいる、それは僕だって分かっている」
「いや、祥子が決めればそれが『祥子の一番の人』だろ」
「それなのに僕はユキチを愛している」
「仕方ないだろ、そのへんは……って祐麒かよ」

温くなったコーヒーをちびちびと飲みながらアドバイスしてやると
柏木は抱えた頭をそのままに、いつの間にか恨めしそうな目線をこっちに向けていた。
「揚げ足を取っているのか」
「……や、アドバイスというか意見というか」
心外だな。この私が真面目な時に揚げ足を取ると思っているのかい?

いかん。うつってきた。

「や、まあとにかく。それは私が口を出せる問題じゃないな」
「それはそうだが……その」
柏木はまだ煮え切らないみたいで、表情も未だ曇っている。
珍しいな、と思いながらもやはり真剣なんだなと再確認する。

「その辺は私よりももっといい相談相手がいるだろ?」
「え?」
私以外に当てになる奴はいないと思っていたのだろうか。
しかし今日は柏木百面相記念日ですか?

「その問題も、いつかは祥子とぶつかるんだ。一人より、二人の方が考えやすい」
「さっちゃんには辛すぎると思うんだが……」
それはそうだろうけど。そう考えてちゃきりがない。
「自分の知らない所で自分の関係する話が進む方が、あの子は嫌いだと思う」

「参ったな」

「どうも僕には、君の方がさっちゃんを理解しているように思えてならない」
「やー、なに。伊達に先輩やってませんので」
奴の顔に笑顔が戻る。いや、実に気障な笑顔だ。

「上手く切り出せば、祥子だってヒステリー起こさずに聞いてくれるよ」
お前の話術ならそんなの簡単なはずだろう?って付け足して。
「さっちゃんのヒステリーか……大変だ」

「じゃ、そろそろ」
そう言って席を立つ。コーヒーの料金はきっちり置いて。
「ん?もう行くのかい?」

「男と向き合うより、女の子と向き合う方が好きだから」
そうか、と背中の方から聞こえる声。お前だってそうだろう?柏木さんよ。


「それじゃ、ごきげんよう」
今日は柏木に会ったのに珍しく気分のいい日だ。
そう思っていると。


「あ、待ってくれ佐藤くん」
また、声が聞こえた。なんだよ、思って奴の方を向くと。

「僕がもし普通の男だったなら……君に恋をしていただろうな」
なんて抜かしてきやがった。

「なんだよ、気持ち悪いなぁ」
「本当だよ」
そう微笑む柏木の顔も、今は爽やかな笑顔にしか見えない。わぁ、人って怖い。

「……まぁ、私もそうかもしれない、でも」
あんまり上手く考えられないけど。まぁ、一番近い男はこいつでもあるような気がするし。

「……現実はそうじゃない。僕は女性を愛せない」
「そう。だからこそこんなに近くなれた。悪いことばかりじゃないね」
今この状態の二人だから、さっきみたいな話も出来た。
違う状態だったら、相談だって聞くことだってできはしなかっただろう。


「まぁ、これからもよろしくといった所か。愛しの同志よ」
「なんだよ、それ。……よし。お前に捧げる愛情は、誰か別の人に捧げよう」
愛しい同志に捧げる愛は、愛しい人へと変換しよう。

「それは都合がいい。この行き場のない愛情をユキチに受け取ってもらおう」
ああ、ユキチなんて言いながら。

私は呆れたように笑って、奴もそれに合わせて微笑む。
「健闘を祈るよ。それじゃ、ごきげんよう」
「ああ、君の方も」
こんどこそ、本当にごきげんよう。


また悩んだら来い。同志よ。





後日談

加東宅
聖「愛を受け取ってぇ――!!」
景「!?」


一方福沢家


部屋の隅で体育座り、すすり泣く祐麒。
祐巳「どうしたの?祐麒」
祐麒「かしわ……いや、聞かないでくれ……」





あとがき
友人にリクエストされたSSです。しかし聖柏木など許さんので(´∀`;)
聖さまと柏木の友情モノです。友情モノ。あくまで。
加東分が足りません。次は聖景を書きたいですorz




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