「ゆーみーちゃんっ」
「ぎゃぅっ!……せ、聖さまぁー」
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佐藤マジック
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左は大学部、右は高等部へと向かっている、二股に分かれた道。
生憎この分岐点にはマリア像は存在しないが、神聖な雰囲気は変わらない。
先ほどから聞こえている、二人分の声。これもやはり、変わってはいない。
「佐藤さん、貴女いつまで祐巳ちゃんに抱きついてるつもり?」
「まだまだ。祐巳ちゃんに抱きつくの久しぶりだから、たっぷり堪能しとかなきゃ」
「まっ、まだまだって?それにこの間抱きついたばかりじゃないですかぁっ」
なるほど。佐藤さんにとっては三日前が久しぶりなのか。
妙な感心をしている間にも、佐藤さんは祐巳ちゃんにセクハラ三昧。
終いにはタイまで解こうとしている。加減を知らないのか、こいつは。
やはり、ここらで止めておかないと祐巳ちゃんが危ないだろう。
この間は、祐巳ちゃんのお姉さま……確か、祥子って人が凄い形相で止めに入ったけど。
今回はその威圧を感じない。私が止めるしかないか。
「いい加減放しなさいよ、佐藤さ……ってぇぇぇええ!?」
「ふぇぇーん、助けて下さい加東さぁーん」
私が少し考え事(主に威圧)をしていただけでもう。
奴はタイを解いて制服に手を突っ込んでやがりますよ。
しかもよく見ると突っ込んだ手が制服の下でもぞもぞ動いてるように見えます。
「なにしてんのよ、佐藤さん。流石にそれは危ないわよ!」
慌てて佐藤さんの手を引きずり出す。そのとき、祐巳ちゃんの肩がびくんと揺れた気がした。
刹那。
威圧。
ああ。これはデジャヴというやつだろうか。前にもこんなことがあった気がする。
というかあった。ありましたよこれ。前にも感じた、この威圧。
佐藤さんの方を見ると、未だ祐巳ちゃんを抱いたまま。
「なに?カトーさん」なんて私の方に顔向けちゃって。余裕たらたらですね。
でもね、やばい。流石に今回はやばいって。
同じ種類ではあるけど、格段とパワーアップしてるから。この威圧。
怖い。怖すぎて威圧してる人を見れそうにない。見たら絶対トラウマになる。第六感がそう言っている。
「せぇぇぇぇぇいぃぃぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁ……」
地獄の底から響いてくるような声。前に聞いた祥子さんの声とは2オクターブぐらい違う。
祐巳ちゃんも顔面蒼白にしながら何とか佐藤さんの束縛を解こうとしてる。
「さ……佐藤さん、ここはやっぱり逆鱗には触れずに……」
「やー、ごきげんよう祥子。祐巳ちゃんはやっぱりぷにぷにしてて気持ちいいねぇ」
人の言葉を遮って、火を油の海に放り投げましたよ。
もうだめだ。
私と祐巳ちゃんは目を閉じた。衝撃映像は得意ではない。
祥子さんの声と乾いた音が、二股に分かれた道に木霊した。
場所は移って、私の部屋。
じゃなくて。
「なんで貴女がここにいるのかしら?」
「つれないなぁ、カトーさん。私と君の仲じゃない」
笑いながらばしばしと肩を叩かれる。どんな仲だ、どんな。
ちなみに、佐藤さんの左頬には真っ赤な手形がついていた。恐ろしい。
「あー、流石に今回のは痛かったかな。やっぱりあの二人をからかうのは楽しいね」
私の視線に気付いたのか定かではないけど、苦笑いしながら左頬を擦る。
いたた……なんて言いながら。それならあんなことしなきゃいいのに。
「ねぇ、佐藤さん。なんでそんなに祐巳ちゃんに抱きつきたがるの?」
「え?……すごい質問するね、カトーさん」
私の質問に目を丸くしてから、考えてます、というような腕組みをする。
実は前々から気になっていたのだ。その疑問が今解決されようとしている。
少しわくわくしながら佐藤さんの答えを待つ。
「抱き心地がいいんだよ。これは前にも言ったよね?」
ああ、いつか聞いた気がする。ぬいぐるみとかなんとか。
「出会った女の子には、大概抱きつくんだ、私。で、抱き心地のいい娘を
選んで抱きつき続けるの。……あれ?」
ほう、抱きごこちのいい娘だけを抱きしめ続けると。
説明は終わったはずなのに、佐藤さんはまだ腕組みして考えてる。
そういえばさっき『……あれ?』っていった気が。何かひっかかることでもあったのだろうか。
「そういえば私……カトーさんに抱きついたこと、あったっけ?」
はい?
まさか、佐藤さん。私に抱きつこうって訳じゃ。
「やっぱり抱きついたことないよね?……カトーさぁん」
妙に手をわきわきさせながらじりじりと私との距離を縮める佐藤さん。
あ、目が据わっていらっしゃる。本気だ、この人。
「あ、あの。私なんか抱き心地悪いに決まってるから、その、落ち着いて、ね?」
「カトーさん……」
佐藤さんの動きが止まる。あ、諦めてくれた……
「……やってみなきゃわからないこともあるんだよ?」
「いい加減、放しなさいよ」
さっきも言ったようなセリフ。しかし、先ほどとは解放させたい人間が違う。
「やだよ。カトーさんすっごい抱き心地いいんだもん。匂いもいいし」
勘弁して下さいよ。
そう、今私は佐藤さんに抱きしめられている。
それだけならまだしも、気に入られてしまった。これからも抱きしめるよ、という宣告。
無遠慮に顔を擦り付けないでほしい。何故かものすごく恥ずかしくなる。
「あれ?カトーさん顔真っ赤。……もしかして、恥ずかしいの?」
愛い奴よのう、とか言いながらもっと強く抱きしめてくる。
それと図星を指されたこともあり、私の顔はより熱を帯びていく。
「は、恥ずかしいわけないじゃない!いい加減にしないと本当に怒るわよ」
抵抗を試みる。が、力が上手く入らないというか。抵抗しちゃいけない気がする。
仕方なくじたばたもがいてみるが、そんなのが奴に効くはずない。
「あはは、カトーさんかわいい。祐巳ちゃんみたい」
「だ、黙りなさいっ!……ゆ、祐巳ちゃん?」
そうだ。祐巳ちゃんもだ。
祐巳ちゃんもじたばたもがいてはいるが、本当に振りほどこうとはしていない。
そして私も。そんなに力を入れて抱きしめている訳でもないのに。
「……あれ?ここまでしても、まだ殴ったりしないの?珍しいね」
佐藤さんはいつも隙さえあれば胸を触ろうとしたりする。
その度その度に殴ったりチョップしたりして回避しているけど。
「殴りたいのは山々よ。でもね、なんか殴っちゃいけない気がするの」
その気持ちをより分かりやすくする為に、握り拳を作ってみる。
すると佐藤さんは「おお、怖い怖い」なんて言って肩をすくめた。
「殴っちゃいけないっていうのはね。きっとカトーさん、本当は嫌がってないんだよ」
「な……」
何をいっているのか、こいつは。でも上手く反論できないのが悔しい。
というか普通の人が言うと自意識過剰と思えるセリフも、佐藤さんが言うと真実っぽく聞こえるのが不思議。
「なんだろう。佐藤マジック?こう、抱きついても嫌がられない」
「佐藤マジックって……でも、言い得て妙かもしれないわね、そんな感じ」
「でしょう?」
佐藤さんが私を抱きしめたまま笑い出す。つられて笑ってしまう。
自然と和む雰囲気。いつしか私は、抱きしめられていることが気にならなくなっていた。
恐るべし、佐藤マジック。
「いやぁ、祐巳ちゃんも蓉子も志摩子も静もカトーさんも、みんな抱き心地いいなぁ」
な。
他にも三人いるの?
「カトーさんって結構胸大きい?蓉子より……」
「な……こ、この……」
何故か湧き上がる怒り。自然と硬く結ばれていく握り拳。
それでも振り返ると幸せそうな憎めない顔があって。
余計にイライラしてきました。
誰よ蓉子って……確か前紅薔薇さま。じゃあ誰よ志摩子って……確か佐藤さんの妹。
それじゃあ誰よ静って――――!!(やっと言えた)
心の中で叫んだ勢いに任せ、平手を振りかざす。
「この……浮気者ぉ――っ!!」
本日二度目の乾いた音。
その日、佐藤聖の両の頬には、手形がついていたそうな。
皆さんに言っておこう。佐藤マジックは(被害者にも使用者にも)大変危険なものである。
了
あとがき
マリみてのSSは初ではないだろうか。どうも、業務用接合剤です。
カーソル当てても説明文出てこないという事件?が発生してました。
それが佐藤マジックですよ、と言い訳してみる。ボコられますか?( `Д´)⊃)Д`)オフゥ
しかし俺の書くさっちゃんは何者なのでしょうかorz