暑い。
何だこの気温は。なめとんのか。
クーラーなんてないこの部屋。窓全開で扇風機なんて所詮子供騙し。
この気温、絶対風呂と同じぐらいの温度ですよ。きっと。
服を着たまま風呂温度体感。まぁなんて画期的。


たった今、自分に腹が立ちました。

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すぐ融ける喜びを貴女に

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この状況を打破すべく、景は立ち上がった。
目指すはキッチン。確か何処かの棚に秘密兵器があったはずだ。
あれさえ、いや。あれともう一つ二つ、秘密兵器があれば。
この地獄を、一時ではあるが天国に変える事が出来るだろう。

「揃った……これで、これで……」
今にも歓喜の涙をこぼしそうな表情で、景は秘密兵器達を見つめた。
何の変哲もない氷。
赤いシロップの入ったビン。ラベルにはイチゴと表記されている。
そしていつかどこかで当てた、福引の景品。その箱の中にある物は。
かき氷機……いや、今度から夢を作る機械とでも呼ぼうか。そう考えるほど、景の頭は融けていた。

「これで、かき氷が作れる!」
人生の勝ち組は私だ。景は心の中で高々と拳を振り上げた。

ガガガガガと、氷を削る音が部屋に鳴り響く。
普段なら騒音と思える音も、景は今なら幸せと笑って許せる気さえしていた。
その下には、削られた氷達がたまっていく容器。
その中に段々と積もっていく氷は、景の心の幸せ指数と連動していた。

白い氷が赤く染まっていく。
「……できた……」
イチゴシロップのビンに蓋をしながら、景は呟いた。
少しの間、感動の余韻に浸って居たかったが。
早く食べないと融けてしまう。只でさえこの暑さ。
食器置場からすっとスプーンを抜くと、かき氷を持ってちゃぶ台へと向かった。

もう周りなんて見えなかった。目に入らなかった。
氷をすくって、ああやっと天国にと思ったその時。

「いいなー、カトーさんだけ。私の分はー?」

あっつー、という言葉の付属品も付いて、聞こえてきた声。
あと少しで口に収まったであろう氷は、景と共に動きが止まっていた。

よくある事なのですぐに事態を飲み込んだ景は、
本来飲み込む筈であった氷は元に戻し、犯人が居るであろうベッドの方を向く。
犯人、佐藤聖は予想通りベッドに鎮座していた。

「……なんで居るかは聞かないわよ」
「え、聞いてくれないの?」
いつもの事なのだ。景が目を離している隙に、窓やら玄関やら。
色々な場所から侵入するのだ。この女は。
いい加減、慣れというか諦めというか。そういったものも出てくる。

「とりあえず、その不法侵入する癖直しなさい」
「やだなぁ、カトーさぁん。知らない人の家なんて入らないよー」
からからと楽しそうに笑う佐藤さん。楽しくねぇよ。
まだお目当ての物を食べてもいないのに痛くなる頭。
というか知らない人の部屋に不法侵入は完璧に犯罪ですから。ダメ。ゼッタイ。
いや、知人の部屋でも充分犯罪なんだけど。
自然と熱くなる目頭を、眼鏡をずらして抑えながら景は溜息をついた。

「カトーさんの部屋に入るのも、ラブラブだからってことで」
すっとベッドから降りると、酔っ払ってもないのにハイになって抱きついてくる聖。
普通なら恥ずかしいので振りほどく景だが、今は只暑苦しい。

「放してよ、只でさえ暑いんだからっ」
「あ、今日のカトーさんちょっと冷たい」
聖ちゃん悲しい、なんて言いながら腕を緩め、一点をじっと見つめだす。
その視線に景が警戒するような視線を送っていると、それに気付いた聖と目が合った。
何が起こるか分からないのでとりあえず警戒する、と物語る景の視線に聖が苦笑し、口を開く。

「かき氷、融けてるよ。お気づきでなかった?」
「……へ?あぁっ!」
この暑さに、扇風機の風。早く食べればよかったものの、放置しておくとやはり融けてしまう。
先程まで光に反射し輝いて見えたかき氷は、景に天国を見せることなく液体となってしまった。

「また作ればいいじゃん。ね、カトーさん」
「……無理。そんなに氷なかった、もう」
そう言って落胆し、項垂れる景。
聖は頭を掻いてから「仕方ないな」と呟き、立ち上がる。
少しだけ顔を上げて見上げる景に笑顔を見せると玄関へ向かう。
「ちょっと待っててね、カトーさん」


数分後。
「ただいまー」という声と共にがさがさという音が聞こえてくる。
やっと立ち直り、水になってしまったかき氷を流しにいった景は、キッチンから玄関を覗く。
近くのコンビニの袋を高々と掲げ、聖は笑顔でドアを閉めた。

「はいっ。カトーさんにプレゼント」
好きなの選んで、と言われ手渡されたのはコンビニのロゴ入りの袋。
中を覗きこむと、そこにはイチゴやらミルクやらかき氷が大量に入っていた。

「……買ってきたの?わざわざ」
「かき氷を食べ損ねたカトーさんの為だけに。ま、私も食べるけどね」
だけ、を強調して胸を張る聖。
いやぁ外は暑かった、と言いながら扇風機の前へ移動する。

「じゃ、これ貰うわ。ありがとね、佐藤さん」
「ん?カトーさんイチゴ好きなの?じゃ私ミルクで」
聖はお目当ての物を取ると、まだ幾つかかき氷が入っている袋を持ってキッチンへ向かった。
冷凍庫を開けて、徐に袋をつっこむ。戻ってくるときに、スプーンを持ってくるのを忘れずに。
勝手知ったる、なんとやら。

「残りはまた私が出現したときにでもね」
「そうね。出現は納得しないけど」

今度はちゃんと断ってから入りなさい。
普段なら呆れた顔をして言う景も、今回は笑顔だった。







あとがき
叫ばせて頂けますか?ぐわぁぁぁ、と。どうも、業務用接合剤です。
悠然の兄者からかき氷で書け、と命令を承りました。結果がこれです。
最後の二行の脈絡の無さに悶え転げていいですか?ぐわぁぁぁ、と。
この二人はあまりべたべたしてるのが書けません。想像すら出来ません。
むしろ『アハハウフフこいつ〜』とかそんなのだとレイニーの祐巳すけは怯えで震えている気がします。




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