あだ名








「ねえーちうー」
「んー?」
カタカタとタイピングの音が続く部屋に、ザジの声が程良く響く。
ソファーに寝転がり、クッションを胸に抱きつつこちらを見つめる想い人。
それをちら、と見てから千雨はチャットの退室ボタンをクリックする。
回転式の椅子がこちらを向くギィ、という音と、
愛しい千雨の瞳を眼鏡越しに確認してからザジは言葉を発する。

「欲しい物があるの」
「欲しい物…?またいきなり何を…いや、もうすぐクリスマスか」
そう言ってから千雨は、前年のクリスマスを思い出す。


ケーキ、うまかったなあ。
寒いのは大嫌いだが、ホワイトクリスマスってのは中々良かったよな。
何より、雪を見てはしゃいでいたザジは可愛かったし…。


そこまでを思い出して、千雨は現実へ戻ってきた。
顔が赤くなっている様をザジが怪訝そうに見つめるが、千雨は気付かない。
照れ隠しに一つ咳払いをして、会話を再開させる。

「何が欲しいんだ、ザジ。そう高くないなら、クリスマスプレゼントとして買ってやるよ」
「ううん、お金のかかるものじゃないの」

ほう、そりゃいいや。と、千雨は心で思った。
タダで済んで且つ、ザジが喜ぶのだ。
なんと都合の良いものだろう、そう思いながらその正体を尋ねる。

「で?その欲しい物ってのは何なんだ、ザジ」
「ちう、私ね」
「うん」


「あだ名が欲しいの」


「……は?」







回転式の椅子に腰掛けていた千雨、ソファーに寝転がっていたザジ。
その様子は先程までのものであり、今はテーブルの上を睨みながら寄り添って座っている。
とは言っても、実際に机を睨んでいるかと思えばそうでもない。
机の上にある紙を見ながら、真剣な顔でものを考えているのだ。
紙には『ザジのあだ名』とだけ書かれ、その下に点が一つ打ってあるだけ。
幾つか候補を編み出して、その中から気に入った物を選ぼうとしているのだろう。
しかし最初の一つが全然出てこず、もどかしい思いが二人の中で渦巻いている。

「…こうも出てこないなら、あだ名ついてる奴のをパクるか」
「それが一番早そうだね」


ケース1.伸ばしてみる

「えー、代表例としてはクギミー、タツミーといったところか」
「応用編としてはカズミー、サトミー、ナツミーもあるね」
「ああ、ただ伸ばすだけじゃ駄目なのが難しいところだな」
言いながら千雨は、紙に『ザジ・レイニーデイ』と記入する。

「名前からも苗字からも作れるのが利点だが、母音がいでないと駄目なのが難点だ」
「つまり、『ジ』と『ニ』と『イ』が対象ってことだね」
ザジが、千雨が書いた文字の『ジ』『ニ』『イ』に赤のボールペンで丸を付けていく。

「しかし『イ』は苗字の末尾、しかも四文字じゃないと音が良くないからな…×だ」
「『ジ』もザジーで三文字だから×だね。『ニ』の場合は…」

「れ、レイニー…」

他のにしようか、千雨はそう呟いて名前に二重線を引いた。


ケース2.姉

「えーと、この代表例はちづ姉、かえで姉?」
「…なあ、ザジ。本当にこのあだ名でもいけると思ってるのか?」
少し小声で問われたザジは、意味が分からず首を傾げた。
それを見た千雨は眉を上げ、呆気にとられた、というような表情を作る。

「あのな…那波も、長瀬も。包容力があるからこそ、姉ってつけて呼ばれてんだ」
「ちうを抱擁する力なら、誰にも負けないよ?」
「…、何も言うまい。それにな、ザジ。この二人には有っても、お前には無いものがあるんだ」
「二人に有って、私に無いもの…?」
一瞬だけ、部屋に沈黙が訪れる。それは千雨のすぅ、と息を吸い込む音で破られる。

「お前に無いもの…それはな、巨乳だ…」
「きょ、きょにゅう…」
「大河内や龍宮がそう呼ばれるのはまだ分かる、だが…お前はなあ」
「うう…じゃあ、これは諦めるしかないね…」

しょんぼりした顔で、ザジはケース2に二重線を引いた。


ケース3.名前の一部を取って、その後に「ちゃん」

「代表例はせっちゃん、このちゃん。一文字取る場合は小さい『つ』または『ー』がいるのが特徴か」
「応用編はさっちゃん、まきちゃん。ふーちゃんふみちゃんもあったっけ」

「この場合、皆名前から取っている。ザジも名前から取ってみようか」
「そうだね。でも名前の一部からだから、どうしても『っ』か『ー』が必要だよ」
千雨から黒のボールペンを受け取って、紙に「ザジ」と書き込む。

「まずは『ザ』からいってみるか…」
「ザっちゃん」
「……」
「……」

「なんか、喉痛めてるときにさっちゃんって言ったみたいだな」
「…うん…」
「あんまり、よろしくない?」
「よろしくないー」
千雨の表現にちょっとだけ拗ねつつ、『ザ』に赤で×をつける。

「お次…ってよりも、最後は『ジ』だな」
「ジっちゃん」
「……」
「……」

「…ふ…な、名に賭けて…か、くく」
「……」
必死に笑いを堪える千雨を、ザジは恨めしそうに睨んだ。
堪えなければ今にも大爆笑になりそうな笑いを必死に堪えているのは、
千雨の心の中の良心がそうさせているのか。

「うーっ、ちうのばかーっ!」
「あははは、ごめんって、ザジ。悪い、ふふ」
「もういいもん、あだ名要らない!」
ぷい、とそっぽを向くザジだが、決して千雨から離れようとしない。
それをかわいいなと思いながら、千雨は苦笑いをした。

「そうだよ、ザジはそのままが一番だよ」
「…本当?本当にそう思ってる、ちう?」
右手をザジの頭に置いて、わしゃわしゃと撫ぜる。
するとザジはこちらを向いて、怪訝そうな表情で問いかけた。

「ああ、そう思ってる」
「…じゃあ、許すよ」
そう言って、千雨の腰に腕を回して抱きつくザジ。
再び置かれた千雨の手は、先程よりも優しく、愛でるようにザジの頭を撫ぜていた。







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